neno1365的動き
横浜の建築家ユニット≪design office neno1365≫が発信する建築や日々の色々コラムをお楽しみ下さい。
これでいいのか?!
本日は、恐ろしくどうでも良い話を書かせてもらう。

夕方、電車に乗っている時、何のきっかけも無いのに、
突然、あるアニメの1シーンを思い出してしまった。

それは、天才バカボン('71年版)のオープニングである。
♪西から上ったお日様が東へ沈む
、というあの有名な主題歌をバックに、魅力あふれる映像が、映し出されている。

屹立する岩山の頂上に、バカボンが毅然と立っている。
そのバカボンを、常軌を逸したかと思うほどのダイナミックな動きで、カメラが捉える。

まっ、たいへーん!というコーラスも付く
ハリウッド映画も驚きのアクロバティックな名シーンだ


そう、ただそれだけの映像である。
主題歌の2番は、バカボンがパパに変わっただけで、
基本的には、同じく不必要なほど、ダイナミックなカメラワークが展開している。

この映像が、私の頭の中を駆け巡り始めた時、ちょっと困った事が発生した。
思い出し笑いが止まらなくなってしまったのだ。

今、冷静に考えてみると、そんなに面白いわけではないのだが、
その時はもう、ツボにはまったというか、周波数が合ったというか、
汗ばんでくるほど、耐えられない状況に陥っていた。

下を向いたり、手で口元を隠したり、いろいろと誤魔化したが、
周りの何人かには「ちょっとおかしな人」と認識されたに違いない。
ま、実際、40過ぎたおっさんが、バカボンのオープニング映像を思い出して、笑いが止まらないのだから、ちょっとどころか、かなりおかしい事には間違いない。

私、突然襲ってくる思い出し笑いに苦しめられる回数が、
人一倍多いように思う。「笑う門には福来る」とは言うものの、厄介な癖だなぁと、自らを恨んでしまう。

それにしても、正に無駄話ここに極まる、といった趣の夜である。
【2012/05/17 23:27】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
危険な匂い
昔、銀座でよく飲んでいた頃、帰りがけに新橋で、
お茶漬けをササッと流し込んで、〆とすることが多かった。

美味しいお茶漬けで有名な、その民芸調の居酒屋さんに行く時間には、
すっかり出来上がって、いい気分になっていることが常であった。

私は、基本的には、梅やたらこ・鮭・海苔といった、
オーソドックスなお茶漬けが好みではあるが、
たまには、鯛茶漬け等で贅沢の極みを味わってみることもあった。

その日も、先輩と二人で飲んだ帰り、「茶漬けで〆るか」と、
その店に向かったところ、店の前で異様な匂いを感じてしまった。
まだオウム事件発生前であり、異臭騒ぎというものが、さほど認知されていなかった頃だが、私は危険を感じていた。

店に入ると、その匂いは一層強くなり、私は辛抱できなくなってきた。
「何でしょうね、この肥溜めみたいな匂いは。帰りましょうか。」と先輩に訴えると、
「くさやだよ。」と比較的平然と答えてくれた。

くさや、名前だけは、関西出身の私も聞いたことがある。
やる、やるとは聞いていたが、これ程のパンチ力だとは思ってなかった。
およそ口に入れる物の匂いではない、むしろ逆の側の匂いしかしなかった。

臭い干物
見た目だけは美味しそうな干物なのだが


「くさやダメか?」と先輩に問われた私は、指できつく鼻をつまんで、
「ダメも何も、一体いま何が起こっているんですか。」と切れ気味になっていた。
「これはいけません。これは暴力ですよ。」私は、お茶漬けをあきらめて店を後にした。

私は、納豆でさえ、その匂いのせいで食べられないのだ。
上京後、定食屋で昼ご飯を食べていると、酷く臭い足の匂いがしてきた。
座敷があるならいざ知らず、テーブルしかないのに、
凄まじい匂いのやつがいるもんだなあと思っていた。それが納豆との本格的な出会いであった。

臭い足の匂いの納豆や、肥溜めに生ゴミを撒き散らした匂いのくさや等、
臭い匂いでお馴染みの発酵食品は、健康に良いらしいが、
私は今のところ、納豆もくさやも、一線を乗り越えることは出来ないでいる。

匂いの好き嫌いは個人差があって、あれを良い匂いに感じる人がいると聞く。
また逆に、食べて味わってみることで、あの匂いを好きになるとも聞く。

世界一臭い食べ物
世界一臭い食べ物、スウェーデン名産のシュールストレミング


「それにしたって、くさやは臭すぎるでしょう、あれを好きな人っていうのは、ちょっとおかしいです。進化の過程が我々と違うはずですよ。」

私は、先輩と店から逃げ出た後、ちょっとしたワインバーに二人で入った。
初めてのくさやの匂いについて、興奮冷めやらぬといった表情で、先輩に語っていた。

「俺、ブルーチーズはカビの匂いがして嫌いだ」という先輩の前で、
自分の好きなブルーチーズをパクパク、ワインをチビチビやりながら、
この関西出身の後輩は、先輩の呆れた顔に気付かず、夜通し捲くし立てていた。

青カビ発生
私には美味しそうに見えるが、これも好き嫌いが激しい
【2012/05/16 22:34】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
アロエ
昔からアロエは「医者いらず」と呼ばれている。
私も子供の頃から、何かにつけて、アロエには世話になった。

何かにつけてと言っても、ほとんどが擦り傷、切り傷の類である。
とにかく、子供はむやみに走り回るので、すぐにケガをする。

学校でも、近所でも、なぜか当時は、アロエが多く栽培されていた。
傷口を水でザーっと流した後、アロエの葉をちぎり、
ジェル状の葉液を、患部に塗っていた。で、気がついたら治っていた。

医者いらず
トゲトゲだが、大して痛くないからちぎり易い


私の幼年期だと、まだ赤チンも存在していたので、
ちょっと深い傷の場合は、赤チンを塗って、きらびやかなのに、
不健康そうな、嫌な反射光を発生させている場合もあった。

そんな生傷の絶えない息子だったから、というわけでもないのだろうが、
私の母も、随分たくさんアロエを栽培していた。

傷はもちろん、虫さされにもアロエを推奨した。
以前、このブログで、母の塩信仰について書いたが、
アロエについても、母は深い信仰心を示していた。
正直、アロエに関しては、私も母と同じ穴のむじなであった。

しかし、さすがに私が13歳の夏、右手指2本を負傷した時に、
アロエに全てを委ねようとした、母の考えには少し疑問を感じた。
アロエの葉を剥き、ジェル状の物体を患部に貼り、
包帯を巻いて1日過ごしたが、腫れと痛みは酷くなっていった。

母は、首をかしげながら、アロエを取り替えようとしたが、
私には、結果が予想できていたので、アロエの取り替えは、ひとまず断った。
辛抱たまらず、病院に行くと、案の定骨折であった。
先生には「何をやってるんだ、そんなので治るか!」と注意を受けた。

当然のように添え木をあて、指を固定して治療した。
しかし、夏場であったため、骨がくっついた後、添え木をとると、
汗によって、指がひどくかぶれていた。そうなるとここはアロエの出番である。
アロエの葉液は、骨折には効かなかったが、かぶれには効いてくれた。

母も少し満足そうであった。一瞬揺らいだアロエ信仰を、
以前より、一層強固なものにした、という表情であった。

今日も私は、アロエヨーグルトを選んだ。
アロエは食べても「医者いらず」だと信じているからだ。
子供の頃からアロエに助けられた身としては、
今後もアロエの健康成分に頼って生きていこうと決めているのだ。
【2012/05/15 00:29】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
欧州まち巡りシリーズ その1〜ウィーン
オーストリアの首都ウィーンで、猫カフェがオープンしたらしい。
店主は、ウィーン在住の日本人で、なかなか賑わっているという。
ウィーン市当局と、衛生面等の折衝を、3年に渡って重ねてきた末のオープンだという。

私、ウィーンは大好きな街なので、今度旅行した際には、
この猫カフェも、外から覗いて、所在地の確認ぐらいはしてみたいと思う。

実は、もう10年以上前になるが、私はウィーンに行ったことがある。
ウィーンは19世紀末から、前衛的芸術運動の盛んな都市であり、
その影響で、近代建築の新しい潮流がスタートしたのも、この街なのである。

そんな訳で、ウィーンでは、オットー・ワーグナー設計のウィーン郵便貯金局や、
アドルフ・ロース設計のロースハウス等を見て廻っていた。
ワーグナーの「芸術は必要にのみ従う」や、ロースの「装飾は罪悪である」
という宣言が、その場でそのまま形になっているのを見て、少なからず感銘を受けた。

これがオフィスの屋根
コープ・ヒンメルブラウ設計のルーフトップリモデリング


その後も、ウィーンには、現代建築の新しい風が吹き続けていた。
私も、ウィーンの現代建築は大好きで、ハンス・ホラインや、
コープ・ヒンメルブラウの作品には、随分影響を受けた覚えがある。

これが銀行の社屋
ギュンター・ドメニク設計のウィーン中央銀行 めくりあがる建物


これが市営住宅
フンデルトヴァッサーハウスは市営住宅ということに驚いた


そうやってウィーンでは、近代〜現代の建築物を見て廻っていたのだが、
少し疲れたので、有名なカフェ・セントラルに入って休憩することにした。
少し薄暗く、心地良く涼しい空間に、凄くホッとしたのを、今でも記憶している。
飲んだお酒のせいもあるが、カフェを出た時には、もうあくせくと建築を見て廻るのを止めようと思った。

伝統のカフェ空間
カフェ・セントラル、この伝統的空間に心が落ち着いた


同行の友人も、同じ思いだったのか、それからの後半戦は、
比較的ゆっくりしたペースで、のんびりと街歩きを楽しんだ。

古都ウィーンの美しい街並みの中、この街の懐の深さをひしひしと感じた。
過激なデザインの現代建築も、この街は難なく飲み込んでいた。
にもかかわらず、賛否両論はあるだろうが、伝統的な美しさは、きっちりと遺されていた。

テーマパークのように、古く素晴らしい街並みを保存するのではない、
活きた古都の美しさが、ウィーンには存在していた。
だから、ウィーンは素晴らしい街だと思うし、私は大好きになったというわけである。

美しい古都ウィーン
欧州の典型的な美しい街並、それがウィーンだ


次にウィーンに行くことがあれば、猫カフェの位置確認とともに、
ウィーン国立歌劇場での、オーケストラ観賞を是非とも実行したいと思っている。
もちろん、いつのことになるかは全く未定である。
【2012/05/12 17:00】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
凄いアドリブ
先日、ヒゲを剃っている時に電話が鳴った。
カミソリを置き、急いで電話に出た。

電話を終え、再び鏡の前に立った瞬間、
私は、嬉しくて仕方なかった。自然と満面の笑みになってしまった。

そこには、丁度左半分だけ、ヒゲを剃り落とした私の顔があったのだ。
そのみっともない顔の、一体何がそんなに嬉しいのか。

それは、このみっともない顔こそが、私の好きなあの映画の、
あの場面と同じだから、楽しくなったというわけなのだ。

その場面とは、マイケル・ホイ主演「Mr.BOO!」、尾行中の床屋のシーンだ。
この映画の中でも、とりわけ有名なこのシーンで、私は子供の頃から何度も笑っていた。

ホイ3兄弟の長兄
マイケル・ホイの計算され尽くした顔芸


映画館でも、テレビでも、Mr.BOO!をよく観て、よく笑ったが、
何故だか、テレビのMr.BOO!の方が、面白かったように思う。
それは、テレビ版が、広川太一郎の「超絶吹替え版」だったからに他ならない。

炸裂する「アドリブ広川節」があればこそ、
Mr.BOO!シリーズは日本で大ヒットしたのである。
ある意味で、吹替えがオリジナルを凌駕した作品、それがMr.BOO!シリーズだったりなんかしてコノォ!、とも言える。

もちろん、広川太一郎は、一流の声優だったので、
007のロジャー・ムーアという二枚目も演じていたし、
チキチキマシン猛レースのキザトト君という超二枚目も演じていた。
そんな二枚目を演じていても、アドリブによる駄洒落、語尾の変化等は、欠かさず実行していたのは言うまでもない。

さて、私が思うに、そんな吹替えアドリブの面白さが、
正に極みに達しているのが、名作アニメ「幽霊城のドボチョン一家」である。
もちろん、広川太一郎もミイラ男として出演し、とぼけた味のキャラを演じている。

しかし、この作品では、何といっても、著名な喜劇俳優・南利明が声を演じるドラキュラが凄いでよぉ、と言いたくなる。
何故か名古屋弁で、あらゆる幽霊たちに30分間ツッコミまくっている。

これ、オリジナルとは全然違うんだろうな、と子供心にも勘付いてしまう程だった。
でも、絶対吹替え版の方が面白いんだろうな、とも薄々分かっていた。

ドボチョン
このアニメ、他に由利徹や牧伸二も声優をやっていた


偉大な広川氏も南氏も、もうお亡くなりになっているので、
これ以上新しい作品に、お目にかかることはできない。

しかし、吹替えによる、超絶のクリエイティブ能力というのは、
フィールドは違えど、ものづくりに携わる者として、
見習っていくべき、偉大なお手本だと感じている。
何かに触発され、そのオリジナルを超える何かを生み出す醍醐味を、両氏から教わったような気がするのだ。
【2012/05/11 23:22】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
激しい雨が
それにしても不運なことに、駅から家までの間、
激しい雨にやられてしまった。

折りたたみ傘はあったが、ちょっとした嵐のようだったので、
結構濡れてしまった。

しかし、電車に乗っている間は、ほとんど降っていないようで、
車窓から街を見ても、傘をさす人はいなかった。

なのに、改札口を通り、駅を出たとたんに大粒のヤツが降ってきた。
こうなってくると、駅前の交差点で信号待ちをしている僅かの間に、
どえらい降り方になってしまった。また、風のヤツも要らぬ主張を始めてきた。

改札を出て1分も経っていないのに、ニュース映像並みの、
斜め下から雨が吹き上がるような光景が、目の前に広がっていた。

運がいいとか悪いとか 人は時々口にするけど
そうゆうことって確かにある
、とさだまさしの言葉を思い出しながら歩いた。

グレープ
グレープ時代の若かりしさだ


朝から天気予報で、降ることは分かっていたし、
ま、ちょっと覚悟はしていた
のだが、その降り方が忌々しい。

散々の思いで家に着き、シャワーを浴びて食事をしていると、
ついさっきまで、大音量の雨音と雷鳴が騒々しかったのに、外が静かになっているのに気付いた。

なんと、止んでいた。たった30分弱の嵐だった。
私は、その時間を選んだかのように、激しい雨の中を歩いた。

激しい雨が俺を洗う 激しい雨が俺を運ぶ
激しいビートが俺に叫ぶ 何もかも変わり始める
、と森山達也の言葉を思い出しながら、冷奴で一杯やった。

The Mods
ロックの殿堂 目黒鹿鳴館でのザ・モッズ


尾崎放哉の句に「あらしがすっかり青空にしてしまった」というのがある。
しかし、横浜地方は、明日も天気は悪そうだ。
青空は、明後日以降に期待するしかない。

ところで、私同様、今日激しい雨に打たれた皆さんは、
くれぐれも風邪などひかぬよう気を付けて下さい。
【2012/05/09 22:55】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
二人を
つまづいたって いいじゃないか にんげんだもの

やぶから棒に何だ、と思ったかもしれないが、
居酒屋のトイレでお馴染み、相田みつをの名言である。

書家で詩人の相田は、平易な文体と独特の書体で、
処世訓のような詩を綴り、今もなお、絶大な人気を誇っている。

相田みつを作品
有楽町の相田みつを美術館は、いつも大盛況


どじょう宰相のせいで、少し評判を落としそうになったが、
相田には、何の責任もない話なので、
さながら中高年のアイドルのように、グッズは売れ続けている。

書家でもある相田の詩には、大抵最後に署名と落款がある。
その署名が「みつを」である。
「みつを」、彼の本名は「みつお」らしいが、「みつ『を』」になる。
そんなに「を」が好きなら、この際、落款の「み」も「を」にすれば良い。

何故「を」なのかは知らないし、理由などは、この際どうでも良い。
書家が、詩人が、自分を「を」と呼んだのだ。
だから、私は彼を「相田みつうぉ」と呼ぶように心掛けている。
それが正式だし、礼儀に適っていると思うからだ。

みつを。うぉ。

俺は‥‥本能的に後ろに立つ者を、排除する‥‥


今度は一体何だ、と思ったかもしれないが、
散髪屋の待合席でお馴染み、ゴルゴ13の名言である。

徹頭徹尾デューク東郷
この方には、つまづきなんか絶対無さそう


作者のさいとう・たかをは、初めて漫画に分業体制を導入し、
プロダクションスタイルを確立した、大漫画家である。

私個人的には、ゴルゴ13以外の「サバイバル」や「バロム1」
も大好きであるが、こんなこと、デューク東郷の前では、
恐ろしくて、口が裂けても言えない事である。

文化勲章まで受章した、漫画家さいとう・たかを。
「たかを」、彼の本名は「たかお」らしいが、「たか『を』」になる。

今回も、何故「を」なのか、理由を詮索する気は毛頭ない。
大漫画家が、自分を「を」と呼んだのだ。
だから、私は彼を「さいとう・たかうぉ」と呼ぶように心掛けている。
それが正式だし、デューク東郷のあの眼に睨まれたくはないからだ。

たかを。うぉ。

二人の人気芸術家が、揃って「を(うぉ)」だという話‥
今日、ただそれだけの話うぉした。
【2012/05/08 23:11】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
嬉しいが引き締めよ
今日、思いがけないことに、お客様から御礼の品が届いた。
リフォーム工事のお客様で、先週、残っていた造作家具の取付けを行い、
一応の完成となったのだ。

なかなかよく頑張ってくれた、の意味が込められていたようで、
ただただ恐縮してしまう。

お客様に喜んでもらえることは、
どんな仕事をしていても、一番嬉しいことである。

ことに、私たちは、日々の生活の場をつくっているのだから、
お客様に、四六時中喜んでもらえているようで、
なおさら、ワーイワーイと嬉しがってしまう。

しかし、工事の完成は、一つの区切りにすぎない。
当然、今後も定期的な点検等で、お邪魔する機会もある。
力になれることがあれば、何でも相談に乗るのが、我々建築家である。

いつまでもワーイワーイではよろしくない。
こういう時こそ、気を引き締めて日々の努力を怠ってはいけない、
と心に強く念じた一日であった。

随分とワーイ!だ
ここまでワーイ!ワーイ!だと収拾がつかない

【2012/05/07 23:18】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
月と星
本日は、満月が約14%も大きく見えるスーパームーンの夜だそうな。
確かに、先ほどいつもより大きな月が、東の空にあった。

そういえば、今月の21日には金環食が見られるそうで、
天体ファンには、当たり月になっているようだ。

少し話がずれるが、星座占いというものが、結構根付いているようだ。
そんなに信じてはいないが、雑誌などに載っていると、自分の欄をついつい見てしまう。

いい歳したおっさんなので、結果に一喜一憂することはないが、
テレビやラジオの場合、気付いた時には、
私の星座が既に終わっている、ということが頻繁にあり、少し残念な時もある。

そう、私は前半も前半、一番最初のおひつじ座なので、
聞き逃し・見逃しが人一倍多い、という星の下に生まれたことになる。

で、このおひつじ座であるが、私のような、おひつじ座生まれの者はもちろん、
ほとんどの人が「牡羊座」であることを知っている。
つまり、次の「牡牛座」も合わせて、オスの羊・牛のことだと知っている。

牡羊のシルエット
なんと凛々しい牡羊の姿だろう


しかし、ごく稀に「御羊・御牛座」だと勘違いしている方がいる。
先日も、ある方が「何で、羊と牛だけ丁寧に言うのだろうか?」と
真面目な口調で言っていた。オスの羊・牛のことだと教えてあげると、
長年の思い違いを恥じながらも、納得できたという喜びも感じていたようであった。

何でもその方は、おとめ座の生まれなのだが、おとめが乙女であることは知っていた。
おとめが、江戸の町娘「お留ちゃん」だとは思わなかったようである。
まあ、そんな奇跡的な勘違いをしている人には、会ったこともないし、今後も会いたくないところではある。

さて、ここまであれこれ書いてきたが、せっかくのスーパームーンなので、
月見酒でも楽しんだ方が良いぞと、ごく自然な思いが、今芽生えてきてしまった。
そういうわけで本日は、ここら辺で終わらせていただく。

皆さんもスーパームーンの夜を、是非お楽しみ下さい。

超絶ダンス
いろいろある、満月の夜の過ごし方の一例
【2012/05/05 22:24】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
横浜の事務所ですから
昨日は、休日を利用して、横浜にぎわい座に行って来た。

考えてみれば、子供の頃は、うめだ花月や道頓堀角座に通い、
上京後も、新宿末廣亭を中心に、都内の寄席には足繁く通った。

数年前から神奈川県民になったのだから、やはり地元の寄席にも、足を運ばないわけにはいかない、と思っていたのだ。

横浜にぎわい座は、今年開場10周年という新しい寄席である。
だから、場内も、とてもきれいで、非常に心地良かった。
さらに、駅からのアクセスもよく、あいにくの天候も、全く気にならなかった。

にぎわい座の様子
開演前のにぎわい座


前座さんからトリまで、約3時間程度と、他の寄席に比べると、
少し短い感じであるが、意外とそれぐらいが丁度良いなあと思った。
何事もtoo muchになってはいけないものなのだ。
と言いつつ、今後も、都内の寄席に足を運んぶこともあるだろうなあ、とも思っている。

ところで、昨日見た芸人さんの中では、林家正楽さんが良かった。
林家正楽さんは、紙切りの大師匠で、客の要求に応えて、
あらゆる情景を、ササっと切り抜いて見せてくれる。

リズミカルに体を動かしながら、作品を仕上げていく様がかっこ良い。
紙を切りながら、洒脱な独り言が展開されて、最高に楽しかった。
出来た作品は見事なもので、それは、リクエストした客が、もらえることになっている。
今度、正楽さんの高座を見る機会があったら、是非何かをリクエストしたいと思った。

なお、正楽さんほどの大芸人でも、落語ではない以上、
寄席のトリを務めることはできない。
トリ前の重責を果たした正楽さんが、高座を降りる時、
「次は、お目当てが出てまいります。」と静かに言って、去って行った。
慎み深く、何とも粋なその所作が、最高に枯れていてかっこ良かった。

芸の完成度と、粋な立ち居振る舞い、これが本物の芸人というものだ。
テレビで、ただただワーキャー騒ぐことを生業にした、
自称“芸人”という名の、テレビタレントたちを見ていると、
彼らが、哀れで惨めで、可哀相な存在に感じてしまう。
気まぐれな大衆の、単なる消耗品として、日々消費される彼らに、同情してしまうほどである。

番組表
昨日のお題


タレント諸君への、無益な辛口コメントは置いといて、
昨日は、寄席の後、O氏と久々に杯を交わす事になった。
O氏は、野毛〜日ノ出町〜黄金町をホームタウンにする、
生粋のハマっ子で、私にとっては、心の師とも呼べる、小粋な先輩である。

外見以外の全てが、なぎら健壱と瓜二つのO氏は、
白ホッピー片手に、野毛のホルモン焼屋で、私にいろんな話を聞かせてくれた。

俳優岸田森の演技や、特撮ヒーローもののエピソードを交え、
やけに分かりやすく、大掴みの人生訓を、私に教えてくれた。

ホルモン焼の風景
煙の向こうに人生が見えてくる


現在は、違う業界で活躍中のO氏だが、O氏を中心に結成された、
横浜O会は、今後もしばらく存続しそうである。
次回は本牧のバーあたりで、貴重なお話を伺うつもりである。
【2012/05/03 23:30】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
シーズン到来
先ほど、本を読んでいると、腕に何かが触ったような気がした。
ふと見ると、腕に蚊が止まっていた。ついに来た。

申し訳ないが、しっかりと叩いて始末した。
2012年の戦いの火蓋が、静かに切られた瞬間である。

それにしても、蚊ほど馬鹿な奴もいない。
血を吸うだけなら、ここまで人に嫌われないのに、
だらしなく、唾液を残してしまうから、それがかゆみの元になり、
引っぱたかれるは、殺虫剤を開発されるは、散々な目にあうのだ。

嫌な場面
見ているだけでかゆくなる


ゆるんだ口元をキュッと締めて、お利口さんの顔で食事をすれば良い。
どうせ、よそ見しながらボケーっとした顔で吸ってるから、涎が垂れるのだ。
今後の奴らの進化に期待はするが、私が生きている間は、やはり蚊との戦いは続きそうである。

また、蚊はメスしか血を吸わないと聞く。
つまり、オスは、直接的には、人間にとって敵ではないのだ。
彼らは、とんだとばっちりを受けて、その一生を終えることもある。
だからこそやはり、メス蚊たちには、そのゆるみきった口元を、
どうにかしてもらいたいのだ。これ以上、不幸な冤罪を増やさぬようにしてもらいたい。

話は少しずれるが、蚊には「刺される」「噛まれる」「喰われる」
のどれが正しいのか、ということも、これからの季節、よく話題になる。
実際には、刺されて吸われているのだから、
噛まれたり喰われたりでは、おかしいのだが、私はどうしても「喰われる」のだ。
何だか、蚊の化け物に、頭からムシャムシャやられているみたいで嫌だが、喰われてしまうのだ。

今年はあまり喰われないように、虫除けスプレーを多用して出掛けようと思う。
かゆくなってからの薬よりも、その方が賢明な策だと、去年やっと気が付いたのだ。
それに蚊は、恐ろしい伝染病の媒介になる場合も多い。侮らず、虫除けするに限る。

水原弘と由美かおる
前にも書いたが、水原弘は初代レコード大賞歌手


ところで、先ほど始末した蚊は、どうやらオスだったようで、
いまだに全くかゆくなっていない。また一つとんでもない冤罪事件が発生したようだ。
ごめんね、蚊。
【2012/05/01 22:22】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
散髪と少年
昨日、髪を切りに行った。今でこそ、心穏やかに散髪することができるが、
子供の頃、特に思春期にさしかかろうかという時期は、散髪が嫌だった。

自意識過剰になっているだけに、バリカンによる猛烈な刈上げだけは、
是が非でも避けたいところであった。
力まかせの電動バリカンは、米国の大規模農業における、がさつな収穫を感じさせて、どうも気に入らなかった。

バリカンで刈るイメージ
物凄いパワーで雑に刈上げられていく恐怖


せめてハサミによる、丁寧な刈取りを死守しなければ、
次の日、学校で、激しく変わり果てた頭が、注目の的になってしまうのだ。
注目だけならまだしも、数限りない冷やかしを受ける場合も少なくない。

丁寧に刈るイメージ
頭髪も丁寧に刈られたい


普段、人一倍強気な態度の私も、散髪した次の日ばかりは、弱気一辺倒になってしまい、冷やかし、からかいを甘んじて聞き流すしかないのは、何とも口惜しい思いであった。
まるでロケット鉛筆のように、散髪した者から順に、クラスでの自らの発言力を、もう一度最下位から築き直さねばならないかのような、何とも面倒な感覚を、毎回味わっていた。

しかし当時、そんな私に真っ向から対立する勢力が、目の前に立ちはだかっていた。
それこそが、親である。いや、母である。母にしてみれば、散髪代節約のためにも、
息子の髪の毛などは、一度にできるだけ多く減らし、散髪の頻度を下げることこそが、最も大切なミッションであった。

だから母は、米国流の農業を推奨した。マネーのために、丁寧な刈取りを否定した。
あの頃から、我が家ではTPP論争の一端が、幕を開けていたようだ。

私は、散髪代が母から出ている以上、あまり自分の意見だけを通してはいけない、
という考えを持っていた。しかし兄は、正面突破の気概で母に挑んだ。
兄は、自らの思いを貫いて、散髪屋から帰って来た。案の定、母は気に入らなかった。

兄のチャレンジ精神は、尊敬に値するが、早ければその日のうちに、
遅くとも次の日には、母は嫌がる兄を、再び散髪屋に引張って行った。
帰って来た兄は、想像以上に激しく、TPP賛成論者の頭に変わり果てていた。

サインポール
サインポールの森が、あの頃の不安感を呼び覚ます


私は、自分の思いと、母の要望の狭間を、中庸の精神で上手く乗り切ってきた。
極端に走らなければ、必ずバランスの良いところに着地すると信じていた。

大袈裟に言えば、私が子供っぽい無邪気な考え方から、大人の思考が出来るように成長したのは、私が散髪屋に一人で行き始めてから、つまり「ひ」の字型の補助台が外されてからということなのだ。

補助椅子
この補助台が外された時、少年は男へと近づく


今も、多くの子供が、散髪屋で大人への階段を一歩ずつ上っているはずである。
散髪屋とは、今も昔もそういう場所なのだ。
【2012/04/30 22:02】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
模型のある風景
先日、スーパーの4階にある玩具店に、ふらりと入った。
何の気なしに、誘われるように入って行った。

意外なことに、私が子供の頃と比べて、さほど品揃えに変化が無いように感じた。
赤塚不二夫や藤子不二雄マンガのキャラが、
私の知らない、最近のアニメキャラに変わっただけで、大きな進化は感じなかった。

そんな中、私が子供の頃に熱中した、とあるおもちゃ群が、
当たり前のように、しれっとした顔をして陳列されていた。

それは、プラモデルであるが、ガンプラやロボダッチというヒットシリーズではない。
私が好きで作っていたプラモデル、それは「風物詩シリーズ」である。
カワイプラモデルの風物詩シリーズは、その渋味のある存在感に磨きをかけ、
“動かざること山の如し”とでも言いたげに、店に並んでいた。

すし屋の佇まい
風物詩シリーズ寿司屋に感じる「粋」


あの頃私は、そば屋、寿司屋、団子屋などを買いに、
なけなしのおこづかいを握りしめて、おもちゃ屋に走っていた。
おでん屋、うなぎ屋、たこ焼き屋などを作っては、ただただ眺めて楽しんでいた。

石焼いもの情感
風物詩シリーズ石焼いもに漂う「情」

 
プラモデルが好きになったのかと思い、他のシリーズにも手を出したが、
正直、グッと来なかった。戦車もレーシングカーもシャアザクも、
石焼いもや茶店の高揚感、達成感を与えてくれなかった。
私は「風物詩シリーズ」の巧みな戦略に、どっぷりはまっていたのかもしれない。

さて、建築設計において、模型づくりは、非常に大切なプロセスである。
模型は、素人である施主に、一目で建築を理解してもらうためのものだ、と考えがちであるが、それだけではない。

模型はむしろ、私たち建築家が、その建築物を把握し、
空間構成に検討を加えるために必要な、重要ツールなのだ。

もちろん、私たちは、一般の方と違って、図面を読むことができるし、
2Dの図面から3Dの空間を、頭の中で組み立てるのにも慣れている。
しかし、慎重を期すという面や、新たな発想を期待する面からも、模型による検討は、外せない作業である。

白模型
簡単な模型でも十分に検討できる


窓の位置や大きさ、空間ボリュームの適正なサイズ等は、
模型にしてみることで、ハッと気付かされて、少し変えてみることもよくある。
逆に、やっぱりこれで良かったんだな、という安堵感を得ることも多い。

建築家の多くは、1軒の住宅を設計するのに、何個もの模型を作る。
発泡ボードや紙、段ボールでできた模型を睨みながら、建築設計は続けられる。

模型作りは、時間や材料費もかかる厄介な作業だが、
大抵の建築家は、これが大好きである。
建築事務所での修行は、模型作りから始まることが多い。
だから、殆どの建築家が、模型作りに思い出と一家言を持っている。

私が修行していた時も、師匠である建築家に、
「模型作りは、上手じゃなくても良いが、嫌いであってはいけない。」
とよく言われた。今思えば、模型作りが好きそうだが、あまり上手くない弟子を、精一杯励ましてくれていたのかもしれない。

ちょいリアル模型
建築の素材感を表現する場合もある。曲面はパテを使ったりする。


私はこれからも、大好きな模型作りを続けて、
快適な空間の把握に努めていこうと思っている。

最後にひとつ、今回は買えなかったが、近々、風物詩シリーズの
「佃煮屋」を作ってみようと考えている。
そして、ただただそれを眺めて楽しもうと企んでいる。

つくだ煮屋
近日建設予定の佃煮屋

【2012/04/28 21:57】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
あんたのバラード
私が小学3年生の時、世良公則&ツイストが、彗星の如く現れた。
デビュー曲「あんたのバラード」に、私は完全にシビレていた。まだ9歳のくせにだ。

世良は野太いハスキーボイスと、長い手足を駆使した、
独特のオーバーアクションで、私にRockを見せつけた。

世良ロック
世良の野性味に憧れた


また、多くの級友たちも、世良公則&ツイストの大ファンだった。
あの頃、世良公則の人気は、意外にも、男子児童が支えていたのだ。

だから、世良がテレビに出た次の日の学校は、大変だった。
掃除の時間には、T字ほうきをマイクスタンドに見立てた、
刈上げ頭や坊主頭の「ミニ世良」が多数出現し、教室を占拠していた。

その中でも、馬鹿に拍車がかかっていた私は、人一倍、世良を満喫していた。
掃除もせず、T字ほうきを振り回し、いっぱしのロッカーを気取っていた。

クラスの女子に、チリトリを持つように頼まれても、
マイクスタンドを握りしめ、ヒット曲「宿無し」のサビをもじって、
「♪おいらは〜、やらない。おまえ〜、やれ〜。」
 などと、憎たらしくフリまでつけて唄い散らかしていた。

マイクスタンド
ミニ世良たちの商売道具


私たちミニ世良は、同級生を困らせ、先生を怒らせる、
どうしようもないロッカーだったと記憶している。

何曲ものヒットを飛ばした、世良公則&ツイスト(その後ツイストに改名)ではあるが、
私にとっては、やはりデビュー曲「あんたのバラード」が最も印象深い。

この歌、要は、やさぐれた男女の別れ際の物語なのだが、
何といっても、主役の女の名前が良い。名前というかあだ名というか、
自称の方法が良い。この女、自分のことを「あたい」と呼ぶ。

あたいは、男を「あんた」と呼ぶ。一方、あんたと呼ばれた男は、
自分を「おいら」、女を「おまえ」と呼ぶに違いない。
こうでなくちゃと思わせる二人の関係だ。やさぐれにやさぐれが重なる。

「あんた」や「おまえ」という2人称は、現実世界でも、比較的よく使われる。
「おいら」という1人称も、稀に耳にすることがある。
ところがどうだ、「あたい」には、全くお目にかかれない。

しかし「あんたのバラード」の主役は、まぎれもなく「あたい」だ。
この曲以外にも、音楽や映画・ドラマの世界で「あたい」は幅を利かせている。

梶芽衣子の名曲
やさぐれ美女の代表、梶芽衣子が唄う「ふて節」だ


「あたい」は普段は、強気で男勝りの姉御肌であるが、
涙もろくて優しさに溢れた女である。人の痛みが分かるからこそ、
また、午前中は常に、でっかいカーラーを前髪に巻きつけているからこそ、人に優しくなれる女である。

私は、是非とも「あたい」にお会いしたい。
しかし、もし初対面の「あたい」が全く「あたい」に値しない人だったらと思うと怖い。
「それじゃあ、あたいは、イチゴパフェで。」なんて事になったら取り返しがつかないのだ。

だから、ここで皆さんに、お願いしておきたいのだが、
ちゃんとした正規の「あたい」でない人は、勝手ながら今後は、
「あたし」ぐらいから始めて、徐々に「わたし」へと1人称を変えていただきたい。

さて、ここまで書いたところで、久しぶりに、世良公則&ツイストを聴きたくなった。
しかし、いい歳をして、まわりに迷惑をかけないよう、十分に気を付けて聴くことにしよう。
【2012/04/27 22:51】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |
私の母は、どうやら塩の力を、高く見積もり過ぎている。
私が子供の頃、台所仕事を手伝っている時に、指を切ったりすると、
即座に塩をひとつまみ、傷口に擦り込んできた。

夏場、あせもができて困っていると、母は海水浴を強要し、
塩水が全てを解決するということを、熱く主張していた。

まあ実際、傷もあせもも治癒したのだから、塩が私の体にとって、
悪影響だったということは無いようだ。

しかし、私にはどうしても、塩の力だけで傷やあせもが治ったとは思えないのだ。
ところが、母に言わせると、塩の力8割、自然治癒力2割といったところのようだ。
完全に塩を信じている。世に言う、塩信仰である。

死海に浮かぶ
死海の塩水なら、さらに効きそう


昔から実家の歯磨き粉は、もちろん粒塩入りだったし、
中味を切らしてしまった時などには、歯ブラシに塩だけをつけて、
コキュコキュと磨いていた。この時ばかりは子供心に、これは何か変だぞと思ったものだ。

そんな塩信仰のなかで育ったからか、私は「塩味」を好む。
ラーメンも塩ラーメン、焼き鳥や焼肉も、タレより塩を選びがちだ。
天ぷらも、ツユの魅力を知りながらも、塩で食べるネタの方が多い。
せんべいやおかきは、今この瞬間も塩味、いやサラダ味をバリバリやっている始末だ。

炭火焼
こんなに旨そうなら、もう塩でもタレでもどっちでも良い


今日、それほど高級とは言えないような料理屋の店先に、
きれいな盛り塩があった。そのこんもりした盛り塩を見て、
そういえば、最近盛ってるお店が少なくなったなあと、少し寂しくなった。
塩信仰の遺伝子が、少し顔を覗かせたのかもしれない。

かっこいい盛り塩
昔は銭湯の前にも盛られていた

【2012/04/26 23:36】 雑記 | トラックバック(-) | コメント(0) |


neno1365
  • Author:neno1365
  • 【neno1365】(ネノイチサンロクゴー)は、
    横浜を拠点に活動している設計事務所です。
    個人住宅・別荘の設計監理、集合住宅・シェアハウス等の新築・リノベーションの設計監理、それらに伴う家具等のプロダクトデザインなどをしています。個人の方から、賃貸オーナー様、不動産業者様まで近郊の方でご興味をお持ち頂けましたら是非お問合せ下さい。

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